私的・後期平井和正作品ガイド

標準

平井先生の作品を最近取り上げているブログも少ないのか、うちのような素人の零細ブログにも訃報のあった週末をはさんでけっこうなアクセスがあった。
そういった方や、これを機に興味を持たれた方へのガイドとして、簡単なガイドを作っておこうと思う。

今後少しでも平井作品を読んで下さる方が増えることを願って。

※ということで以下ご紹介させて頂くが、最初にひとつお断りというかお詫び。※

以下のリンクはamazonの紹介機能を使って画像などを貼りこんでいるので、アフィリエイトのリンクが活きています。設定をはずして貼ろうと思ったんだけれども、意外と手間がかかるので申し訳ないですがそのままとさせてもらいました。

なので各作品に興味をもたれた方は作品名であらためて検索エンジン等で引いてもらえると幸いです。お手間かけますが宜しくお願いします。

また当方は”ふまじめな”平井ファンという自覚があるので、本当に平井作品を熱烈に愛されている方からすればとんちんかんなことを言っているケースもあるかと思いますが、そこは諸先輩方平にご容赦を。

では、いってみましょうか。


まずなぜこういう形にしようと思ったかというと、以降で紹介する作品前後で読者層の入れ替わりや断絶があるのではないかと勝手に推測しているため。

それまで熱狂的なファンを生み出した少年ウルフをはじめとするウルフガイシリーズが幻魔大戦の圧倒的な勢いの前で強制終了のような形となり、その強烈な幻魔の言霊のまさかの失速で『黄金の少女』以降が書かれたように記憶しているんだけれども、明らかに『レクイエム』以前と以降で作品の”空気”が微妙にことなり、そこで離れられた方が多いのではないかと。
(もっと言うと幻魔前・後で断絶が生じているのかも)

自分などは小学校時代に映画版⇒角川文庫の幻魔から入った口なので、ぜんぜん幻魔に嫌悪感ないのだけどウルフガイから宗教色バリバリの幻魔へというのは確かに戸惑われた方多いのではないだろうか。

以降、各作品の作風は徐々に変化しつつも『ボヘミアンガラスストリート』前後でその変化がより一層明確になる。

そしてその変化以降の大量執筆がすさまじい。

・月光魔術團シリーズ 全37巻
・アブダクションシリーズ 全20巻
・幻魔大戦deep 全8巻
・幻魔大戦deepトルテック 正確な巻数換算はわからないが3500枚書き下ろし

この間おそらく10年ほどのはず。

なので自分が推測しているファンの入れ替わりのあった”レクイエム”以降に発表された作品というのは、意外なほど膨大である。

この期間にいわゆる世間的な意味での”代表作”的なものがなかったため、この期間の作品についてのウェイトは軽く扱われがちだが、個人的にはこの期間の作品群の特に最後期の”突き抜けっぷり”というのは、それまでに勝るとも劣らないように思う。

それもあってこういう構成としてみました。興味をもたれた方のささやかなガイドとなればこれ幸い。


■『狼のレクイエム』以後~幻魔失速~ウルフ復活前後


狼のレクイエムがその第二部以降長らく続編が発表されず、猛烈な勢いで執筆され続ける幻魔大戦シリーズの前にあって、著者自身が一時期「続編はない」と述べるまでの状況となっていたところにまさかの復活。

そのきっかけは袋小路に入りかけていた幻魔宇宙の失速と、その時期に邂逅した高橋留美子氏の作品とその後の対談。きっかけはどうも少年ウルフの熱心なファンであった高橋氏との対談での「虎4とラム」の相似点について話題になった時、”ウルフの言霊”が返ってきことによるとのこと。このあたりはこの対談集を実際に目を通してもらうのが一番かと。
本稿を書くにあたっていちおう時系列を調べてみたところ、これが1984年前後とある。

それを受けて書かれたのが以下。これによって完全に”幻魔宇宙”は終息へと向かうようになる。
(手元にある徳間版によると初出は84年4月、単行本化が’85年2月)

『高橋留美子の優しい世界―「めぞん一刻」考 あとがき小説「ビューティフル・ドリーマー」』




個人的には本書収録の『あとがき小説「ビューティフル・ドリーマー」』が非常にお気に入りの一本。

ただ、そのウルフの言霊の復活を受けて、いわゆる”少年ウルフシリーズ”は復活するが、まだ幻魔執筆時の慣性は強烈で『黄金の少女』(狼のレクイエム第三部相当)全5巻は発表されるものの、以降すぐに続編、ということにはならなかったようだ。

『黄金の少女1 Kindle版』




その証拠に本作はシリーズ復活作ではあるものの、この『黄金の少女』は犬神明も青鹿晶子も虎4も出てこない。ましてや舞台となるのは北米の片田舎の街。神さんと虎2は出てくるが、主人公たちのあざやかな復活を期待していたファン層はここでも離れたのではないか。しかし本作では最終章にかかわる重要人物、ジム・パットン、キンケイド、そしてキム・アラヤが登場している。

手元にある徳間の新書版を確認したところ、この5巻―最終巻の初出が’86年となっているので、少なくとも本作は約2年ほどで一気に放出された模様。
この後に続く最終章『犬神明』までは、またしばらく間が空くことになる。

(備考)幻魔宇宙の閉塞

上記、ウルフ復活の経緯には高橋留美子氏のお力もあったかと思うが、幻魔シリーズ自体が構造的な袋小路に入りつつあってその失速が見えはじめていた、ということも大きいように思う。
幻魔シリーズは並行宇宙的な作品世界だが、主となるタイムラインは二つある『幻魔大戦』(角川文庫小説版)と『真幻魔大戦』(徳間書店)。

『幻魔』のほうは幻魔シリーズの最初の作品であるコミック版『幻魔大戦』から枝分かれした作品だが、作品世界の閉塞は当初から設定されていたようで、『真幻魔』のほうがメインのタイムライン。
『幻魔』の舞台は1967~68年頃、『真幻魔』は1979年。ただし双方世界線の異なる並行世界。

その両世界線を交錯させるべく書かれたのが、主人公・東丈の姉、三千子を主役とする以下。

『ハルマゲドンの少女〈1〉 (トクマ・ノベルズ)』




本作はwikiをみると1986年発表とあり、下記にある『ハルマゲドン(第二期幻魔大戦)』(’87年)よりも先行するが、個人的には猛烈な勢いで発表されていた当時の幻魔シリーズ最終作品と見て良いと思う。
角川版幻魔の直接的な続きの描写もあるし、真幻魔でラストランナーとなっていた杉村優里=クロノスの描写もある。もちろん失踪した東丈が金髪碧眼となって現われるなど、伏線とおぼしき描写もあるのだが、ここでいったん角川版幻魔的なタイムラインは〆と捉えても良いのではないか。
(それっぽく解釈できる描写もなくはないと思うので)

本書は当初上下巻のビジュアルムックで発売されたが、ここで後に平井作品のほぼすべてのイラストを手掛けることになる泉谷あゆみ氏が10代で本格的にデビューしている。
(実質のデビュー作は『狼の紋章』の英語ノベライズ版である『WolfCrest』の挿絵)

しかしこの時期の幻魔にはもう一シリーズあり。

『ハルマゲドン―第二次幻魔大戦 (平井和正ライブラリー)』




『ハルマゲドンの少女』と前後して出版されたシリーズで、このビジュアルは全集からのものだが、徳間ノベルズ(新書)でも全三巻が刊行されている。
(初出は’87年ごろ?この新書版にあたって一部構成変更・加筆ありの模様)

本書は、角川版幻魔の直接的な続編として予定されていたもので、「第二期・幻魔大戦」とあるように、本来はこのタイムラインでの世界線の終息までを描く予定だったようである。中途半端なところで終わっているが、このシリーズの時間軸は前述のように閉塞を予定されていたようなので、それはそれでありかと。

発表年は前後しているようだが、本書の後に『ハルマゲドンの少女』を読む形で、この’80年代までの幻魔シリーズはなんとなく区切りをつけられるように思う。


なおここに前後して復活したウルフガイシリーズも再度一旦〆の形をとったのか、青鹿先生を主役としたスピンアウト『女神変生』(’88年3月徳間ノベルズ)が発表されている。

『女神変生 (トクマ・ノベルズ)』





■変化の兆し


で、この時期に唐突に書きはじめられたのが本シリーズ。(’88年頃?~)

e文庫『地球樹の女神-最終版-』




個人的には(高いハードカバーでの刊行だったということもあるが)唯一あまり食指が動かず、リアルタイムで買わなかったシリーズ。読んだのはe文庫のCD-ROM版でほんと最近になってから読んだ。

作風の過渡期を感じさせるやや異色のシリーズである。
平井作品にある、幻魔世界やウルフガイシリーズとの世界の関連性的な描写は表立っては見られない、ほぼ独立した印象を受ける作品。
(もちろん表向きは、であるが―その証拠にヒロインの母は真幻魔に登場した某キャラクターのようであるし)

本作は平井先生が幼少のころに書かれた処女小説が原案になっている。そして著者コメントをみると、かなり平井先生ご自身が投影された作品のようだ。

正直これまでの作品とかなり雰囲気が異なり―若干のちのスタイルの片鱗が見えるともいえるのだが―非常にキャラクターの正体がつかみづらい。キャラクターへの圧倒的な耽溺が平井作品の魅力であるが、本作の主人公・四騎忍というキャラクターの描写はかなりそれを逸脱していたように思う。(そのぶん周りの女性キャラクターは素晴らしいキャラクターたちばかりだ)

しかしこの四騎忍というキャラクターこそが、平井先生がいちばんご自身を投影されたキャラクター的なことを書いてらっしゃる。前述の混乱は、そういったところが逆に原因なのかもしれない。
そしてどうもこの時期にこの作品が書かれたというのも、平井先生のパーソナルな部分にその要因がありそうだ。

また本作は泉谷あゆみ氏によるコミカライズ版と、e文庫版で『CrystalChild~地球樹の女神コアストーリー』という二つのスピンアウトがあるが、個人的には後者のe文庫版は『地球樹の女神』という作品の核心のように思う。

『クリスタル・チャイルド[地球樹の女神コア・ストーリー]』



比較的短い作品だが、個人的にはすごく好きな雰囲気の一品。(ちなみにコミカライズ版もタイトルは『クリスタルチャイルド』だがストーリーは全く異なるので要注意)
作中の人物は本編を踏襲しているが、これも幻魔と真幻魔のように異なるタイムラインの関係のように思うので、結果的には本編のほうを読む必要はあるのだが。

※さらに本作のCD-ROM版には、おそらく後の幻魔復活の呼び水となった『その日の午後、砲台山で』という重要な作品も含まれている(後述)。そういう意味でかなりキーポイントとなる作品世界であると思う。


■少年ウルフ・完結


そしてようやく章題にその名を冠して主人公・犬神明の登場する最終章が発表される。(’94年~)

『犬神 明1』




実は満を持して発表された本作も、おそらくレクイエム第二部からの延長線上を想像していた読者にとっては不満足な作品となったのではないか。
なぜなら本作は、”不死者”である犬神明が青鹿晶子の喪失からある意味”精神的に自殺”しようとするシーンからはじまり、そこからの蘇生、そしてドードーというある意味疑似的な父親的存在のガイドのもとに、彼のあらゆる意味での根源的存在である”母親”と対峙・決別するまでの物語だからだ。

そう、本作はつらくさびしい”乳離れ”の物語なのである。
(実はこのあたりは上記『地球樹の女神』の執筆動機と被る部分があるのではないか)

個人的にはその昔読んだ白戸三平氏筆による『シートン動物記』のあの独特の雰囲気を思い出す。ある意味そういう荒涼とした雰囲気をもつ。
ただ救いは彼を待つキムの存在であり、彼らを見守る神さんの存在であり、ボキリと折れてしまった彼を見守り続けた”女神”エリー、その存在だろう。

また本作はもうひとつの大事なタイムラインとして、電脳と獣人のハイブリッドともいえるBeeと本シリーズの”人間代表”ともいえる西城の物語も語られている。

レクイエム二部までの世界観を期待し続ける読者にとっては望んだ物語ではないのかもしれないが、やはりこの作品は間違いなくウルフガイシリーズそのものだ。


■異質の作品~電子出版の魁


本来、本稿はここから起こすべきだったかもしれない。
この作品以降、これまで書かれてきた膨大な作品群のもつ呪縛を軽々と振り切り、翼が生えたかのように膨大な作品数を生み出されていたような印象を受ける。

また本作は昨今巷をにぎわす電子出版の国内における嚆矢的存在でもあった。このあたりの先見の明はさすがである。具体的には、国内主要パソコン通信プロバイダ上で単行本に先行して本作の数巻先を先行配信するサービスだったと記憶している。

※発表年が’95年ということからもわかるように、なんと本格的なGUI OSの始まりとも言えるMicrosoft Windows 95の登場前後である。
(Windows3.xはDOS見え隠れしていたのでさすがに本格的GUIとは言い難い)

『ボヘミアンガラス・ストリート』

作品としては下記の挿絵をみてもらえば分かるようにまつもと泉氏の『きまぐれ☆オレンジロード』にインスパイアされた長編の夢をみたことから執筆された作品。

ボヘミアンガラス・ストリート 第1部 発熱少年
ルナテック (2013-04-09)
売り上げランキング: 16,345

※その後この電子版の装丁変わってしまいこのまつもと泉版のリンクは現在切れています。

一部ではやれラノベだ、ハーレムモノのエロゲシナリオだと言われることもあるが、それは表層的なディティールのみの相似点をあげつらっているにすぎない。

ある意味これは平井作品における”神話”的構造をより明確に落としこんだ作品と読める。

なにしろ最終巻のあとがきで「こんなにあっさり宿願の”ルシフェル伝”を書いてしまうなどとは、露ほどにも思わなかったのである」とある。

ポイントはこの「こんなにあっさり」で、そういった意外性―というかこれまでの重厚長大さがウリの平井作品からすると、非常に異質の作品で、これまでにない軽やかさ(軽さではない)、そこに加えてこれまで言われていたキャラクターたちの鮮烈な魅力、熟練の小説家としてのぐいぐいと読ませる筆致が混然となった一本。そしてすっぱりとこれで完結しているのである。未来を感じさせつつも、どことなく寂しさの漂うラストも良い。

個人的に大好きな作品の一つである。


またこの’95年前後には後にヤングチャンピオン版ウルフガイの作画監督を務める余湖ゆうき氏の作画で以下を発表もしている。

バチガミ (Hard comics)
バチガミ (Hard comics)

posted with amazlet at 15.01.24
平井 和正 余湖 裕輝
大都社

ただし本作は2巻のみでほぼ打ち切りのような状態で終わってしまっている。’95年、というのがやはり一つのポイントなのであろうか。


■脅威の大量執筆


上記『ボヘミアンガラス・ストリート』ではっきりと表れた「軽やかさ」―以降の作品はそれがより顕著となる。
それが本作以降の”連続大量執筆”へとつながっているのではないか。種々のしがらみ、そういったくびきから完全に解き放たれた、そんな印象を受ける。

ある意味その「軽やかさ」をありありと体現しているのが本シリーズ『月光魔術團』である。
Moon01Wolf03DNA_04

本作については以前個別に一エントリ書いているので、詳細はそちらを参照されたし。
なかなかぶっ飛んだ作品であるが、やはりまごうことなきウルフガイシリーズそのもである。

ただ本作は当初アスキー系列のアスペクトという出版社から新書の体裁で出版され、第二期である『ウルフガイDNA』全12巻まで出版したところで版元がつぶれてしまう。
結果、完結編である『幻魔大戦DNA』シリーズが宙ぶらりんな形となり、これと前後して平井先生はより一層電子出版へ注力を加速されたように記憶している。

この『月光魔術團』シリーズこそ出なかったものの、現状amazonなどで購入できるe文庫のCD-ROM版(.bookやPDF形式のファイルでシリーズ全巻を収録するタイプの作品)はこの時期を境として登場している。
その中核となったのが以下の「アブダクション」シリーズ。

e文庫『ABDUCTION-拉致-』




本作の第1巻にあたる『気まぐれバス』は実は当初集英社文庫より物理的な単行本として出版されたが、意図しないタイトル(『時空暴走気まぐれバス 』)に改変されたため、やはり電子出版で刊行する運びとなったようだ。

いわく「家庭版・幻魔大戦」と謳われているが、『ボヘミアンガラス・ストーリート』を彷彿とさせる構造も見受けられる。また、以降の作品がこれまでのウルフや幻魔という大作の名を冠した作品であることを考えると、本シリーズが平井先生の生みだした最新の(そして最後の)世界(タイムライン)と言えるかもしれない。

『時空暴走気まぐれバス (集英社文庫)』




特筆すべきは、主人公の直哉くんには、これまでの平井作品と異なり凄くまっとうな両親が存在していること。そしてその母親・テルちゃんがかつての美少女ぶりを残した息子ラブな母親であるということ。

この違いはでかい、すごくでかいのではないか。

これは各平井作品の主人公たちの境遇をざっと俯瞰して見るだけで、一目瞭然である。
そしてこの直哉君の世之介っぷりが凄いのだが、これが陰湿でないせいか非常にさわやかですらある。そしてそれに拍車をかけるように出てくる女性キャラクターが美女ばかり!(いや平井作品はすべてそうか:苦笑)
要は並行宇宙におけるそれぞれの世界というのは玉ねぎの皮のようなもので、それぞれ独立しとなり合いつつもつながっている=共通するキャラクターであっても各タイムラインごとにヒロインは違う、とでもいうべきか。

個人的には地球樹の女神や月光魔術團にみられるふわふわとした感じが収斂し、作品傾向としてはにたところがあるものの、ようやく土の上に着地したような”地に足がついてる”感がある。
ボヘミアンガラス・ストリートと並んで、本作も個人的にお気に入りのシリーズである。

そしてこの時期大量執筆の時期は、上記のように紙媒体の出版から離れ自費・電子出版へと傾注された時期でもあった。

上記月光魔術團とアブダクションシリーズの間に「21世紀版エイトマン」と謳われた『インフィニティ・シリーズ』(ブルー・シリーズ?)というのがあるが、これがおそらく大手出版社から刊行された最後の作品ではないか?

『インフィニティー・ブルー〈上〉 (集英社文庫)』

本作は元々は4巻体裁の自費出版?だったものを集英社文庫版で上下巻にして出版されたと記憶している。またこのシリーズ?として「BLUE HIGHWAY」「BLUE LADY」という作品も出ているようなのだが、こちらは目を通せていないので、本シリーズについての言及は現時点では割愛させて頂く。

※2015/02/04追記
 上記「BLUE HIGHWAY」「BLUE LADY」についてコメント欄より教えて頂きました
 これらの作品は『PDABOOK.JP』で電子書籍が入手可能とのこと。
 コメント欄にもあるようにファイル形式が3種類(PDF、.BOOK、XMDF)ありますので注意。
 通常はPDFが良いでしょう。
 著者名・作品名で検索の後、画面右側でファイル形式でフィルタをかけると出てくるかと思います。
 hachiさん、ありがとうございました!



さて、このアブダクションシリーズ前後のe文庫版電子書籍出版の加速にともない、この時期『地球樹の女神』も電子版(CD-ROM形式)で出版された。
そこで出てくるのが、前述の『その日の午後、砲台山で』である。

これは平井作品に時々ある各作品世界を縦断する作品で、本書などは平井先生ご自身が冒頭の独白から登場キャラクターへと変化し、いつのまにかその姿は地球樹の女神の四騎忍となり、最後はまさかのあのキャラクターの再登場で幕を閉じるわけである。

ここで杉村由紀、木村市枝の登場は個人的にうれしかった。そしてこれらを含め、本作がまさかの幻魔復活の呼び水となる。


■まさかの幻魔復活


はたしてあの重厚長大な幻魔世界を、ここまでの軽やかさを得た平井先生がどう表現されるのか?
しかしこれもやはりこの「軽やかさ」故に復活し得たというのが答えだろう。

本書もe文庫のCD-ROM版が初出だったと記憶している。

e文庫 『幻魔大戦deep』




本作で特筆すべきは、これまでの幻魔シリーズの”女神”であった、東三千子(東丈の姉)の立ち位置の変化だろう。彼女のもつ圧倒的な存在感、というかストイックなところが緩み、なんと東家の姉弟はともに本作で伴侶を得るのである。

東丈は幻魔、真幻魔、そしてこのdeepの世界線を行き来し、自身が本来持つ力を十全に発揮できる世界線へと飛ぶ。

そして、おそらくこの時点で登場してきた東丈の義理の娘となる雛崎みちるが、このラスト幻魔大戦の主役としていつのまにかバトンが渡されていたようだ。もちろん丈も登場しているが、このみちると丈の姪である東美恵と美叡、このあたりが狂言回しとなって物語は進んでいく。また、丈の秘書として同姓同名で名前の読みだけが違う青鹿晶子(しょうこ)が登場する。

そして1960年代末のGENKENの記憶をにおわせたところで本編は終了するのだが・・・・・結局ここは匂わせただけで終わってしまった。

ただ、本シリーズのなかで幻魔シリーズのファンにとってはひとつ嬉しいサブシーケンスがある。
丈の娘であるみちるの幻視として語られる(と言っても=もうひとつの世界線そのものなのだが)1960年代末のシーケンスだ。

このなかで別世界の若き東丈は”同学年であるみちる”を介し、ごく自然な形で井沢郁江をその伴侶に選び、英国へと旅立ってゆくのだ。
このシーケンスは非常に独立性が高く、ここだけで一本成立するようなウェイトを感じる。

角川版幻魔を思い入れをもって読んでおられた向きには、ある種の郷愁をかきたてられるようなエピソードではないだろうか。

※2022/06 追記
現時点で上記CD-ROM版は入手性に難あるようなので一応以下にKindle版のリンクを追記しておく


■そして最終章


deepからの直接の続編となるが、こちらは電子版はなく、久々の物理出版で分厚い通常の書籍体裁x3冊で出版された。
値段が値段だったので、当初なかなか買うのに勇気がいったが、これはいまにして思えば買っておいて大正解だった。

『幻魔大戦deep トルテック』




内容としてもここでいったん幻魔がひとつの終結を迎える。

具体的には前作deepからの直接的な続編となるが、ややそれと趣を異にする『少女のセクソロジー』というエピソードが冒頭に収録されている。
このエピソードは例によって雛崎みちるが主役で呪術的な世界の描写がすこぶる面白いのだが、初見の時は女子中学生のレズ描写が出てくる部分だけはさすがに抵抗感があった。
ただこれも、本エピソードの敵となるキャラクターの性的なおぞましさと対比させるための描写だったのかな、といまにして思わなくはない。
最後の相手を葬り去るのがプールの中という”水”の世界というのは個人的にはもの凄くしっくりきた。

そしてそのエピソードを抜けると、いよいよ前作deepと直接的なイメージでつながる本編がはじまる。
deepでは小学生3年生だったみちるは中学生となり、加えてトルテックの力で東美恵顔負けのハイティーン美女に一時的に変身する。
そう、ここでは上述の『アブダクション・シリーズ』の作品世界がかなり入り込んでいて、登場人物たちも相互に行き来する・・・というか同じ作品世界として違和感なくふるまっている。
(そういう意味からも、本書を読むにはやはり事前に『アブダクション・シリーズ』に目を通しておかれることをお勧めする)

加えて本作は幻魔の一旦の終結だけでなく、ウルフガイシリーズの終結ともとれるシーケンスも含まれる。
丈の秘書としてこの世界に生きる青鹿晶子は少年犬神明と再会し、更には神さん或いはアダルトウルフとおぼしきもう一人の”犬神明”もどうやら伴侶らしき人を得るのだ。
”雛”そのものは出てこなかったが、雛はかえって”雀”となったか。(苦笑)

そして本作品最後のクライマックスの対決は、丈の娘みちると、なんとあのいちばん最初の最大の敵役との対決である。

少なくともここに、コミック版に始まった幻魔大戦は終結を遂げた。

しかし、そうはいっても丈先生は雛崎家で変わらぬ生活を続けているし、みちるは歳相応の身体に戻り、トルテックでありつつもその日常へと戻っていくのだろう。
各世界線に置かれたままのキャラクター達はいるとはいえ、世界はいまもどこかで閉塞と分岐を繰り返しながら続いている・・・。
いつかまたみんなにも会える・・・・・。

そういうラストだった。

なのでこのあとも、そういった各世界線に散らばったキャラクターたちを適宜回収していってもらえるのかな・・・と思い数年がたち・・・・・。

ひとつは先生が時々披露されていた「私は96まで生きるそうですよ」というエピソードを、こちらも信じていたからかもしれない。
予定には少し早すぎるご帰還ではありませんか、先生・・・。

それとも東丈よろしく、世界を渡ってしまわれたんだろうかな・・・。

なんにせよ、このように改めてまとめ直してみて、平井作品が自分の人生とある意味並走してくれていた作品群である、というのは良くわかった。
まあ、先生のことだからおそらくあっち側でもバリバリ執筆をつづけていらっしゃるに違いない。
いや、今度は絶対マンガ家になるとおっしゃってたので、マンガを書いてらっしゃるのだろうかなあ。

さびしくもありますが、まあ自分たちがあっち側へ行くころには、それまでにどっさり描きためられた作品が読めるだろうと思っておくことにしましょうか。

平井先生、ここまでありがとうございました。








※2022/06 システム更改等によるリンク切れを修正、一部追記

私的・後期平井和正作品ガイド」への4件のフィードバック

  1. hachi

    「BLUE HIGHWAY」「BLUE LADY」が未読とのことですので、コメントを残しておきます。これらの作品は
    http://pdabook.jp/pdabook/
    で電子書籍が入手可能です。ファイル形式が3種類ありますので気をつけて。「BLUE LADY」にはヴァレリー(谷博士かな)の名前が出てくるし「8マン」を思わせるような存在も。

    あと未発表の作品で「少年のセクソロジー」というのがあったような。主人公は直哉みたいです。トルテックの書籍化に尽力した本城氏が尻込みして収録しなかったようなことを、平井先生がネットに書き込んでいた記憶があります。どんな作品かは知りませんが、平井氏自身は突き抜けてますから怖いもの無しだけど、世間の常識では出さない方がいいものなんでしょうか。そのうち読めるのかな?

  2. niseikkyu

    コメントありがとうございます。
    そして「BLUE HIGHWAY」「BLUE LADY」についてのご教示ありがとうございます!
    さっそく購入したいと思います、HACHIさん・・・8さん・・・8マン!?
    わーい8マンが助けに来てくれた!ということでひとつ(^^;)

    上記教えて頂いたリンクも後ほど本文のほうへ追記で入れさせて頂きたいと思います。

    >あと未発表の作品で「少年のセクソロジー」というのがあったような
    自分もどこかでちらと眼にしたような記憶があります。読めると嬉しいのですが、なにかのあとがきで「著者の没後に未発表作品を発掘!とかいってさらす奴は許せん」とか仰ってたような記憶もあるのでどうでしょうか。(汗)

    その辺り平井先生のご意向がなんらかの形で残っていればと思うのですが。

    なにはともあれ貴重な情報ありがとうございました!

  3. hachi

    こんにちは、私のコメントにお返事いただきありがとうございます。私も偽一休様と同じ頃に角川版幻魔大戦から入りました。それ以来平井氏の作品を見つけては取り敢えずストックを続けていました。ただ私の理解が追いつけず日々の生活にも追われ、持ってるだけでちゃんと読めていない作品が多いです。(^^;
    サラリーマン生活が終わったら、老後はのんびりと平井作品に耽溺して暮らしたいなあというのが若い頃からの私の夢ですね。

    >「著者の没後に未発表作品を発掘!とかいってさらす奴は許せん」

    若い頃の未熟な作品のことを言われてましたね~。「消えたX」を公開したら許さんと。
    「少年の – 」については、平井氏本人は「少女の – 」と一緒にトルテックに付けたかったけど本城氏が外したみたいなニュアンスだったように思います。

    なんだか先日亡くなられて以降ついネットで検索してしまうんですよね。そして私と同じように平井和正氏に特別な思いを持っている人が一杯いるんだよなと改めて気付いています。
    またお邪魔するかもしれません。それでは。

  4. niseikkyu

    >またお邪魔するかもしれません

    どうぞぜひまたお立ち寄りください。なかなか平井先生の作品のお話をできるのはリアル近辺では難しいことが多いので。(苦笑)

    またのご来訪お待ちしています(^^)

コメントを残す