一時期ほどは熱心にみてなかったが、その間にも良作はコンスタントに上がっていた模様。
父親たちの星条旗/硫黄島からの手紙
標準「表現したい」という欲望に、忠実であることの大切さ
標準Riitek Bluetooth mini Keybord
標準携帯用のBluetoothキーボードを買ってみた。
(下記は例の1 Flash Galleryプラグイン、ロード若干重いのはご愛嬌 orz)
[fgallery id=2 w=450 h=385 t=0 title=”Riitek Bluetooth mini keybord”]
iPhoneでVNCクライアント動かして・・・というのが一つの野望としてあるんだが、大枚はたいて落としたiSSH、機能は申し分ないが、3GSの液晶でCUIはキツい(泣)。オマケにソフトウェアキーボードで画面半分取られる。
さらに別ソフトでMacを踏み台でターミナル動かしたときに、スペースキー効かなかったりしたので、ひとつ携帯できる物理キーボードほしいな、と思っていた。
で、amazonのレビューで評判よさそうなこれを導入してみたわけですが・・・。
結果大正解。十分値段分の機能があった。
一部iPhone経由だと使えない機能があるのは残念だが(iPhone側のキーセットの設定の問題のような気がする)、非常に考えて作られている商品で満足度は高い。(あとストラップ用のフックついてれば完璧だったな)
なんにせよオススメできる一品でした。
専門家とはこういう人のことを言うのではないのか?
標準公論を語るとき、論者の信憑性を計る一つの物差しは自らの不利益を享受してでも、成すべきことは成す人かどうか、というのはいってもいいと思う。
あとは自分で見て判断してください。
自分は、こういう方こそが”専門家”だと思う。
法律を破ることになっても、自分の専門性に殉じたということだろう。
正しく知り、正しく認識できている”専門家”だからこそ「正しく怒る」ことが出来るのだ。
そして世の中で”正しく知る”ことの出来る物事の範囲というのはもの凄く少ない。
それを自覚したとき、すくなくともそこには謙虚さが生まれるはずである。
巷間にあふれる、自説のヒステリックで恣意的な開陳など、意見でも怒りでもなんでもない―。

