紀伊國屋書店で平積みになってたのをぱらりと立ち読みしたのが運のつき(笑)。序章半ばぐらいまで読んで
「いかん、これは買わねば」
とレジへ直行(苦笑)。
英国一家、日本を食べる [単行本(ソフトカバー)]
マイケル・ブース (著), 寺西 のぶ子 (翻訳)
英国フードジャーナリストの著者は、長年の友人、口の悪い日本人・トシに「お前は日本料理をわかっていない」と長年いわれ続けてきた。しかしそのトシが彼に一冊の本を渡す―。その日のうちに著者は「日本へ行かねばならない」という決心のようなものが出来上がっていた。取材には長期間かけたい、そう思いつつ妻に相談すると彼女は「子供たちも連れて行くといいわね、きっと一生の思い出になるわ」いや、ちょっと待って、そういうつもりじゃ・・・と思っている著者をよそに、一家全員での日本滞在が幕を開けた。
個人的に最近流行のいわゆる「海外の反応」系のサイトが好きでよく見ているんだけれども、そういったサイトやその閲覧者に対する批判として「日本を持ち上げてもらっていい気分になりたいだけだろ?」というのがある。
もちろん、そういう気分が全くないとはいわないが、よく考えてみると、それも変な話だ。
自分や自分の属している社会を、他者の目からみてほめてもらった時、それはそれでうれしく思うのは自然な感情だと思うのだが。
逆に言うと、こういうとんちんかんな批判が出るほど、日本というのは、実は”他者の視線”に飢えているのかもしれない。
そういう意味で、実は海外の反応系のサイトというのは、”日本”というテーマを通して、他者の視線=(やや語弊があるかもしれないが)世界での”常識”を、逆接的に知ることが出来るのでは、と自分は考えている。
もちろん、本来はそんなサイトばかりでなく、実際に自分の目と足で他の国を体験するのがいちばんだ。
しかし残念ながら、日本は島国。
コストや交通手段を抜きにしても、心理・文化的なハードル―不可視な障壁というのはやはり陸続きに隣国を持つ国々とは、大きく異なると思う。
そういう意味では最近の海外の反応系のサイトの続出、というのは、まず日本という身近な視点を通して海外へと関心を向ける、という意味ではいい傾向ではないか?
そういう小さなところの関心から、実際の現地への興味につながることもあるわけで、そういったところに目が行かず、暗い批判の炎をせっせと燃やしている方々のメンタリティというは、正直ちょっと理解に苦しむ。
さて、本書の著者も島国・英国の方だが、このあたりがジャーナリストという職業柄か、単なる食いしん坊なだけか(笑)「思い立ったが吉日」とばかりに即計画を立て、行動を移すところは素晴らしい。
(ただ、序章にあるように筆者にとってもこの日本行きは「後から思えば人生を変える決断」と評する行為であったようだ)
そして食べ物がテーマとなっているので勘違いされがちだが、本書はいわゆるグルメ本的なものではない。
どちらかというと、イザベラ・バードのそれや、名著『逝きし世の面影』に見られるような、比較文化論的なジャンルに入るのではないか。
それは、筆者がジャーナリストとしてのコネクションで相撲部屋をみたり、その延長で一見さんお断りのハイソサエティ御用達の名店を幸運にも取材(というか体験?)出来たということも味方している。
そういう意味で、自分にはすごく楽しかった一冊で、買ってきたその日にほぼ2時間ほどで一気に読んでしまった。
日本各地の(食の視点からとはいえ)主要な都市に長期滞在し、加えて、タイトルにもなっているようにご家族皆さんで来られた、というのも結果的に良かったのだろう。
それが”料理”だけではなく”食事”文化論的な面も併せ持たせることとなり、より普遍的な視点で読める一冊になっているように思う。
家族連れ、という意味では、おそらくもっともっとボリューム書けただろうと思うが、1冊にまとめるなら適度な分量かと思う。
(個人的にはもっとご家族とのエピソード増やして『完全版』的なものの出版も期待したいような気分だ)
そして、やはり圧巻なのは最終章の「究極の料理店」のエピソードだろう。
これは、単なる日本の料理評論家やフードライター程度では、ここまでことの本質をしっかりと捉まえた一文にならなかったと思う。
まかり間違って、自分がこういった店で食事が出来たとしても、おそらくここまでのことを感じ取っての文章はかけないだろう。
もちろん、店の女将さんのや服部氏の説明があるからこその部分もあるとは思うが、それを踏まえても、そこに出された料理を感じ取り、感動するだけの蓄積がその人にないと、おそらくここまでの描写にならないと思う。
(お断りしておくが、本章の描写は具体的な描写は少なく、ここでいうのは著者のこの店で感じたこと、その考察の一文についてである)
これは、やはりこの方の職業はもちろん、そういったことのなかに含まれる日本人なら「あたりまえ」とスルーしてしまうことを、異国の方だからこそ、感じ取れた部分があると思うのだ。
そういう意味で、本書を読む我々自身も、著者という視点を通して、また我々自身も知らない「日本」という国とその文化を、改めて感じ取っているとも言える。
とまあ、大仰な紹介をしてしまったが、実際の本書は英国の方らしい、ちょっと毒舌とウィットの効いた軽妙な文章だ。
単純に読み物としてすこぶるおもしろい。
こういった比較文化論的な興味をもたずとも、読んでみて損のない一冊だと思う。