【レビュー】『この世界の片隅に』こうの史代

標準

幸せでも不幸でもなく、ただ涙が静かに流れる、そんな読後感の一作だった。

『この世界の片隅に Kindle版』(全3巻)



絵を描くことが好きなすずは、縁談があり昭和18年、故郷を離れ呉へと嫁ぐ。海軍に勤める夫や出戻りの小姑など、新しい家族に囲まれながら、日々は淡々と過ぎていく。
時にはおこる小さな心のさざなみのなかで、すずはやがてここが自分の居る場所である、と自然と思うようになってゆく。そして物語は昭和20年の夏へと進んでゆく・・・・・。




元々は3分冊で出ていたものを前後編に再構成したモノのようである(※注 2022/06 本稿は上記Kindle版へリンクを修正する以前の上下巻の紙版時でのレビュー)。自分は知らなかったのだが、映画化も決定しているようで、さもありなんという感じか。
2時間ドラマにもなっていたらしい。

『夕凪の街/桜の国』も、直接的な原爆の描写は僅かであったが、本作は舞台が呉市ということもあって、さらに直接的な描写は少ない。
さらにいわゆるこれまでの”戦争モノ”的なイメージからは全く想像のできない―すずの描く絵のファンタジーのような描写がオーバーラップされ、ある種の絵本ともいってもいいような作風だ。
(これは作品の最後まで貫かれている)

しかし、だからこそ、20年8月のあの描写はずしっと重く、敗戦という時代の流れにいやでも巻き込まれていく―いやそれこそが”生きていくということ”だというのが、嫌というほど伝わってくる。

それでもすずの婚家の北条家は明るいし、実家の浦野も父母兄を亡くしても淡々と家業の海苔を作り続ける。
誰かを失い、自身が傷ついても、日々は続いていく。

本作を読んで、なぜか東北の震災のことがだぶった。

時代は亡くなった人たちとともに過ぎ去っていくが、それでもそこに生きたその誰かの切れ端をを縫い合わせた我々は、その最後のときが来るまでこの世界のどこかに居るのだろう。それを優しく肯定してくれる―そんな作品。


素晴らしい、とても素晴らしい一作だった。




※余談になるが、こういう物語こそぜひアメリカ人に読んでほしいと思うな。

『この世界の片隅に Kindle版』(全3巻)




※2022/06 標題の表記を統一、リンク切れを修正

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