【レビュー】『夕凪の街 桜の国』こうの史代

標準

誰もあの事を言わない

いまだにわけがわからないのだ

わかっているのは「死ねばいい」と

誰かに思われたということ

思われたのに生き延びているということ


『夕凪の街桜の国』





以前から作品の名前と評判だけは聞いていて、先日入ったbookoffで偶然見つけたので。(田中麗奈主演で映画化もされていたらしい)

あの戦争から10年―。

あの”光景”を生き延びてしまった皆実は普通の日常を営んでいるが、彼女をはじめ”生き残った”この街の人はみなあのことにふれない、ふれようがない。

ここで冒頭のセリフとなるわけだが、そんな思いを抱かざるを得ないほど心に深い爪あとを刻まれた彼女は、自分からあえて幸福になることから逃げようとする。

そんな彼女に一すじの光が差し込んだとき―物語は残酷な結末を迎える。

作中ではただ白いコマに皆実のモノローグが重なるだけだが、それが一層凄惨さを伝えてきて、胸に突き刺さる。

かつて「死ねばいい」と望まれなんの咎もないのに死の間際までそれを背負い続けなければいけなかった彼女の一生というのはなんだったのだろう?

嬉しい?

十年たったけど

原爆を落とした人はわたしを見て

「やった!またひとり殺せた」

とちゃんと思うてくれとる?

静かな、だけどなんという痛烈な訴えだろう。

(『夕凪の街』)

しかしその彼女の物語は残る『桜の国』で疎開していた彼女の弟・旭とその次の世代で回収される。

―僅かながらの希望を残して。

当たり前の話で申し訳ないが、戦争という極限の状況は人間のもつどうしようもなさ、そしてそのすばらしさを触れ幅いっぱいのコントラストで映し出す。

この作品もそういったところに真正面から向かい合った故に、”戦争を知らない世代”の描いた「戦争」を描いた傑作となった。
(作者は自分の姉と同世代ぐらいらしい)

原爆作品といえばまず直球・ストレートな『はだしのゲン』が思い浮かぶが、あの作品とは逆の、このこうの史代のやわらかく優しい線は、その爆心地ではなく、周辺を丁寧に描き出すことでよりその悲惨さを際立たせている。

そしてそれでも人は続いていく、世代を重ねて続いていく―その強さ。

それを最後に感じさせるのもいい。

傑作である。







※2022/06 標題の表記を統一、リンク切れを修正

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