先日の体調不良でぶっ倒れ期間中に読了。
藩の突然の政変で、父・助左衛門を罪人として失い、文四郎はまだ前髪も取れぬうちに、人生の大きな流れに翻弄される。それでもけなげに成長した彼は、かつて淡く憧れた、隣家のふく―現藩主の側室の危難を知る。人生の変転はここでも彼を、そして二人を精妙な糸のように導いてゆく―。
藤沢周平作品は主に短編、あるいは連作のシリーズを読むことがこれまで多かった―それのほうが短時間での気分転換にはもってこいだったので。
しかし、本作は珍しく長編。
どこかのweb掲示板で「泣ける小説」として多くの人が挙げていたので読んでみた次第。
個人的には泣ける、というよりある種マイナーコードな大人の曲を聴いたときのような感じ。
主人公・文四郎の境遇の移り変わり、そしてあの時の一瞬のすれ違いが、惹かれあう二人の間を大きく別ってしまった、という現実のはかなさ。
けれどその淡い思いを、遠く離れた二人は互いにその気持ちを強く主張するのでもなく、自分だけの―ささやかな心の支えとして、激動する藩の情勢の中を、それぞれ生きていった。
物語は二人がローティーンのころから中年(或いは初老?)までと長丁場だが、どこか夏の朝の小川の水のような清涼感・清潔感があるのは、そういった純粋さを二人が失くしてしまわなかったからだろう。
そういう意味で、ある種のジュブナイル小説的なリリカルさが残る。
しかし物語の気分としては、そういった甘やかな感じはむしろ薄く、どちらかといえばビタースイート、とでもいえばよいだろうか。
なにしろ主人公・文四郎は、幼くして父をなくし、それに伴う厳しい現実引き受けなければならなかったところから物語は始まっているのだ。
逆に言うと、そういった大人社会の中へ純粋な心をもった年齢の主人公が入り込むことで、作品が程よい重さと、そのうえでの切なさのようなものを持ちえたのだろう。
泣ける、というのではないが、読後、充実感を伴った寂寥、とでもいったものを感じる、良質の一作だと思う。