【レビュー】『南極点のピアピア動画』野尻抱介

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ニコ同では”尻P”と知られる重度のミク廃であり、震災においては放射線関連の冷静なツイートで正確な情報を広めるなど、ある意味SF作家としての王道(?)を歩まれる野尻抱介氏、第43回・星雲賞受賞の一作。

『南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA) 』



月探査計画を研究テーマとしていた大学生・蓮見省一は、二ヶ月前、月にクロムウェル・サドラー彗星が衝突したことで挫折を余儀なくされる。時を同じくして、付き合っていた奈美も彼の前から姿を消す。しかし月にぶつかった彗星からのガスが、地球の極点で双極ジェットを描くことに気付いた省一はジェットに乗って宇宙へ上がれるのではと思い・・・。
奈美を宇宙へ連れて行ってやるという約束を果たすべく、彼と友人の郁夫、そして”ピアピア技術部”が立ち上がる。ボーカロイド・小隅レイの声に奈美へのメッセージを託して・・・。

初音ミク、ニコニコ動画などを模したキーワードのなかで展開するUGM,CGM時代ならではの王道SF連作短編集。


本作は、表紙イラストからもわかるように初音ミク、ニコニコ動画といった近年のサブカルのメインストリームを、作品全体の背骨とでもいうレベルで取り込んでいる。

かといって、これはそういったサブカル層に媚びたためではなく、いまこのニコ同界隈がもっとも熱く、エネルギーを持っていて、著者がある意味そのメインストリームの中の一人でもあるからだろう。伊達にパンツコプター実作してませんw

こんなのやってるのに、震災での放射線問題では非常に冷静なツイートで放射能やガイガーに関する基礎的な知識啓蒙されてるし、ワケわからんw

本作でもその荒唐無稽さと科学的な考証のバランスがうまくかみ合っていて、言い方としては矛盾するかもしれないがすごく「地に足の着いた荒唐無稽さ」とでもいいたくなる―ある意味これこそがかつてハードSFと呼ばれたものの直系ともいえるか。

こうは書いたが、決して堅苦しいわけでもむしろ非常に良質な”小説”でもある。

というか凄く文章がうまい

これは正直うれしい誤算。

各話は、時と舞台を同じくしているが、主人公たちが変わっていく連作のスタイル。
そこに通奏低音としてピアピア動画、ボーカロイド・小隅レイが関わっていく。

・ダストが作り出した双極ジェットに乗って宇宙へ飛び出すまでを描いた第一話。
・コンビニの殺虫灯で生き残った蜘蛛を利用して軌道エレベータを作ってしまおうという第二話。
・潜水艦のソナーで鯨と対話しようとしたら第三種接近遭遇したでござる、な第三話。
・そして分子アセンブラで増殖した小隅レイが「ハジメテノオト」に送られ宇宙へと飛び出す最終話。

特に後半の二話などは、そのスケールの大きさからちょっとクラークの『幼年期の終わり』をすら思い起こさせる。

加えて各話で活躍したアイディアやガジェットが、最終話で上手くリンクしていくあたりもうまい。

しかしそのスケールのでかさやリンクの上手さはあっても、登場人物たちは皆等身大の、どこにでもいそうな普通の人たちで、そういう人たちの普通の生活のなかの、ちょっとした冒険、ちょっとした素敵な話―そういった素朴さを感じるところも、本作の魅力。

そしてそういった”ちょっとした”夢や希望を、ピアピア技術部やピアピア動画の”ノリ”のエネルギーがかなえていく、というある種UGC、CGM礼賛小説でもある。

冒頭でも書いたが、これはまさしくいまこの時代の日本でこそ書かれるべきテーマであって、だからこそ星雲賞の受賞でもあったのではないか。

個人的な実感としても納得。

そういった文化に親しみのない人には若干ハードル上がるかもしれないが、それを抜きにしても、久々に”技術”への夢を感じられる一冊という点で、一読の価値のある一冊だと思う。







※2022/06 標題の表記を統一、リンク切れを修正

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