バットマン完結編、久々にバルト9で見てきた。
ダークナイト ライジング
前作より8年後の世界。恋人を失い、デント(トゥーフェイス)の罪を被り、心と身体に傷を負ったバットマンは表舞台から消えた。犯罪者を片っ端から取り締まるデント法の成立でゴッサムには平和が戻ったかに見えたが、その地下では、そしてウェイン産業の内部でも、巧妙な陥穽が準備されつつあった。
前評判で「微妙」「面白いことは面白いんだが」といったのが大勢を占めていたが、ここまでシリーズ見ちゃったのでけじめの意味で観にいってきた。
で、結論。
シナリオを削りきれなかったのね、という。
各エピソードや、登場人物の配置などは、とてもうまくできている。
後半の、橋を落とされ孤立するゴッサム、そこでのレジスタンス的な展開も悪くない。
ただしそこまでに持ってく前提が一本の映画では長すぎた。
これは、ウェインの幸福を願うあまりのアルフレッドの決別、女怪盗セリーナ・カイルとのやりとり、敵役ベイン周りの描写、ゴードンと若手の熱血警官ブレイク、融合炉とミランダ・テイトとの絡み、そして”穴”からの脱出―。
これらがあってようやく後半のゴッサム孤立までいくわけである。
(削りきれなかったのね、と書いたが無駄やたるみは少しもないのである)
これだけ錯綜した要素を、わかりやすく、かつ一本にまとめているというのは驚嘆に値するんだが、いかんせん尺がどうやっても足りない。(それでも165分とシリーズ最長の尺だったはず)
いっそのことゴッサム孤立までを前後編で分けても良かったと思うが、そこがクリストファー・ノーランの品の良さだろう。(商業主義的ではないという意味で)
テーマ的にも一本で完結させたかったに違いない。
なので、映画としてよくできているし息つくまもなくラストまでなんだが、駆け足なのは否めない―そこに前作のような深みが感じられなかったのだろう。
もし、これを一本で収めるのなら、もっといろいろ切らなければいけなかったと思う。
しかし、興行的なことや契約のことを考えると、落とせる最良の着地点へ落としたということなんだろうな。
で、作品内容に関して。
これも終章、ということでバットマンをどう終わらせるか―そこを本シリーズ当初からのアルフレッドの視点で”普通の人間としてのウェインの幸せ”をどう得るのか?
しかし当のウェインは”闇の騎士”であることに魅入られている―。
その葛藤がアルフレッドの退場へとつながるんだけれども、結局彼(アルフレッド)はウェインを光のある世界へ戻すことはできなかった。
それには女性の力が要る。
本作では対照的な二人の女性が出てくるが、このあたりは、前述のアルフレッドの”親心”とあわせて考えると、なかなか含蓄深い。
幼少の頃両親を殺され、心の傷を負ったまま、身体だけ”大人”になり―それも人並み以上の財力という”筋力”まで手に入れたウェイン。
しかし彼の心はずっとあの両親を殺されたあの頃のまま。
本シリーズではその点を、都度都度作中のヒロインが指摘するが、結局彼女たちはウェインを日の光のさす昼間の世界へ連れ出す前に失われてしまう。
これはある意味本作でも踏襲されているが、今回は少しひねりが加えられている。
ある意味”女運”の悪いウェイン、ここに極まれり、ともいえる感じだが、思わぬ形でそこに救いの手が差し伸べられる―とはいえそれは彼が”信じた”ことがもたらした結果だったからだが。
あと一点指摘しておくべき点は、本作は1作目の『バットマン ビギンズ』と濃厚にリンクしている。
ある意味1→3と見ても(部分的な不明瞭さはあるが)通じるかんじ。
ご覧になる場合、機会があれば先に1作目を予習しておくことで、よりわかりやすくなるだろう。
ということで、作品としては悪くなかった。
個人的にどうしてもダメだしを一つだけするとするならば
あのバット(ヘリのような飛行ガジェット)
テメーのデザインは激しくNGだ(笑)
もうちょっと工業デザインよりにするなり、ヒーローものっぽくしてよん!?
ちなみにバットポッドとアン・ハサウェイの形のいいお尻の組み合わせは最強だったがな(違)。
※アン・ハサウェイ、本作では結構いいとこどりでした―彼女が一番得したんじゃないか。
これまでのシリーズで、一番キャットウーマンらしくないのに”キャットウーマン”らしかった。