不覚にもこんな素敵な文章があるとは知らなかった・・・。
ヘルンは虫の音を聞く事が好きでした。この秋、松虫を飼っていました。九月の末の事ですから、松虫が夕方近く切れ切れに、少し声を枯らして鳴いていますのが、いつになく物哀れに感じさせました。私は『あの音を何と聞きますか』と、ヘルンに尋ねますと『あの小さい虫、よき音して、鳴いてくれました。私なんぼ喜びました。しかし、段々寒くなって来ました。知っていますか、知っていませんか、直に死なねばならぬと云う事を。気の毒ですね、可哀相な虫』と淋しそうに申しまして『この頃の温い日に、草むらの中にそっと放してやりましょう』と私共は約束致しました。
なんというか・・・・・繊細さとやさしさ、そして愛情―
それが一見淡々とした文章の中に満ち溢れている。
そしてある意味あの『怪談』や『心』をヘルンさんが書き得たのも、この繊細さとやさしさを理解し、愛した節子さんがいたからだった。
(これを読むと良い意味でのほとんど共作に近いようにすら思える)
いまやただ単に国籍だけで「日本人」やってる我々が帰り、すがるべき古きよき日本の面影は、ひとり孤独のうちに西欧を飛び出した、元イギリス人が拾い・残してくれた、あの切なくも美しい物語たちだけだ。
ここにある美しい景色や、か弱く繊細な世界を愛した人々はいまはもうどこにもいない。
我々がこの景色につながるなにかを当たり前のものとして取り戻せる日というのは再びやってくるのだろうか?
ここに書かれている世界への、そして家族・夫婦の愛情というものに触れるたび、それが酷くむづかしいことではないかと思わざるを得ない。
豊かさと便利さの代わりに、失ったものは実はあまりにもおおきい―
そういうことなんだろうな、きっと。
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