沈黙-サイレンス-/マーティン・スコセッシ 監督

標準

以前映画化の噂を聞いた前後で原作を読んでいて、ようやく公開になったので先日見に行ってきた。
かなり原作に忠実な作りで派手な演出やBGMもなしに2時間半を超えるこの長尺を見せ切るのはさすが。

繰り返しになるが、本作は原作にかなり忠実な映画化でハリウッド独特の頓珍漢な日本描写もほとんどないし、ティピカルな感じの善悪に二分するような安い演出もない。かつ信仰とはなにか?というある種西欧社会においての根源的な部分を問う作品でもあるので、基本的に娯楽映画ではない。にもかかわらず最後まである種の緊張感をもってだれずに見れるのは無駄のない原作のすばらしさというもあると思うが、ここいらはやはり名匠スコセッシ監督ならではということだろうか。

基本的に作品のテーマに関しては原作と大きく外れていないので、そちらの感想をネットなどで検索していただければよいと思う。そのうえで映画としてみた場合、何点か自分の原作から受けた印象とは異なった点があるので、その点だけ書いておきたいと思う。

まず一番違和感を感じたのは、本作品の最大のキーパーソンでもある転び信徒であるキチジロー(窪塚洋介)。これが自分の受けた原作からの印象とけっこうずれてる感じ。このキチジローというキャラクターは主人公のロドリゴ神父にとってのユダのような立ち位置のキャラクターであり、原作の遠藤周作氏の言から見るに「いろんな意味で”弱い”人間、そういった真の弱者にも本当の意味で救いはあるのか?」という本作のテーマを体現しているキャラクターなんだが、これが全然「弱さ」とか「ずるさ」とか「みじめさ」が感じられなかった。
これはプログラムにのってる窪塚氏のインタビュー見ると意図的にそういう演技をしている部分もあるようで、ちょっとこれには違和感を感じた。弱さやみじめさ、それを本当に見ててつらくなるレベルで演じてこそ本作のテーマはより際立つと自分などは考えるのだが、窪塚氏の演じる弱者のはずのキチジローは非常に壮健で意志の弱さよりもともすれば自己主張の強さすら感じてしまうのだが、監督的にこのキチジローでOK出したということはこれで演出意図通りだったということなんだろう。このあたりの違和感が一番大きなところ。

次いでリーアム・ニーソン演じるフェレイラ神父=沢野忠庵。これは上記のキチジローほどの違和感はなかったんだが、自分が原作から受けた印象では、棄教した後ろめたさはありつつも、その先に何かしらの真実を見つけた力強さのようなものがあるように感じていたのだが、どうしてもその弱さ、後ろめたさの部分のウェイトが重い印象をこの映画版からは受けた。ただここに関しては映画を見た後に原作を読み直してみるとそれで正解なのかもしれないとも感じた。ただそうすると「偉大なる師」とでもいうべき精神的な巨人であったはずのフェレイラは、棄教後はその精神的な巨大さのまま絶対値のプラスマイナスだけを変化させるといったものではなく、ただの負け犬的に描かざるを得ないわけで。そうすると、この物語の核心部分である「信仰とは」という部分に迫るにはすこし役不足な感じになってしまうような気がするのは自分だけだろうか。(そこを本作の主人公ロドリゴ神父の臨終まで描くことでその役割がフェレイラ神父からバトンタッチされたとみることもできようが)

ということでフィルムとしてのクオリティが素晴らしいだけにこの重要なポイントの違和感だけがなんとなく惜しい感じ。ただこのあたりは自分がキリスト教的な文化に疎い純日本人的感覚故なのかと思ったり。逆にいうと西欧のキリスト教文化の人たちから見るとこのフィルムのバランスでよいということなのかもしれない。

あとこれは特筆しておくべきだと思うのだが―本作はとにかく日本人の役者陣が全員大健闘である。実はここを見るだけでも本作は大いに意味があると思う。通辞役の浅野忠信の愛憎入り混じった絶妙な演技や、悪名高い代官として登場するもその知的複雑さに計り知れぬ巨大さすら感じる井上筑後守=イッセー尾形。そしてなんといっても極めつけは純朴な隠れキリシタンを渾身の熱量で演じた塚本晋也監督―もうこの塚本監督の演技見るだけでもこのフィルムは見る価値があると思う。

そのうえで、原作未読の方は原作を読んでみられると、さらにいろいろなことを考えるためのきっかけを与えられるだろう。
昨今のぺらいスピリチュアルだなんだと自慰行為にふけってる皆さんはこういう原作にあるような深い問いを自らに一度問うてみるといい。世界は誰かのせい(陰謀)で動いているのではなく、そんな世界を選び取っているのは結局自分自身の”弱さ”にあるということ―少なくともその一端に触れることができるだろう。

そう―結局答えは自分自身の中にしかないのだ。

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