ショーシャンクの空に

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ショーシャンクの空に [DVD]

悪くない映画だったが、口コミでじわじわ広がったらしいというのには「?」な映画だった。

公開当時なら旧来の”刑務所モノ””脱獄モノ”とはちがった文法を示したということで、意味があったのかもしれない。
ただ、そこに深い人生のなにかを豊潤に含んでいるか、というとそのレベルの映画ではない。

ただ、それなりにいろいろと読み取れる映画ではあった。

個人的に思ったのは、刑務所だろうが娑婆だろうが、そこには”社会”があり、そこから離れて一人生きていける人は、ほとんどいないんだな、ということ。

別に貶めていうわけではないが、このショーシャンク刑務所と、この期に及んでいまだ根深く残る、日本の終身雇用的な会社文化となにが違うのだろう?

モーガン・フリーマン演ずる”red”が仮釈放され、スーパーで働くシーン「これまではなにをするにもお伺いをたてていたのだ」と、鏡に映る自分に心中問い掛けるシーンをみて、ふとそんなことを感じた。

檻を作って、例外を認めず、失敗を許さない点―その点において、旧来からの日本の会社文化と驚くほどそっくりだ。
(繰り返しになるが、これは貶めるためだけに言ってるんじゃない)

そして一番弱々しそうに見えて、そういうところから実はいちばん「自由」でいる強さを持っていたのが、主人公・デュフレーンだったわけだが、それはなぜか?

それは、彼が普遍的で確固な”技術”をもった”プロ”だったからだ。

もちろん、妻を殺され、収監されるまでの彼が、それに自覚的にその”技術”を身に着けたのでもない、と思う。
ただ、かれは自身の仕事に誠実だったし、その誠実さ故に優秀だった―。

そう、彼は自分の中に持つべきものを積み上げてきたからこそ、強く、自由で在れたのだ。

その証拠に、刑務所内であれほど力強く、雄弁だったレッドの、仮釈放後のなんと心細そうなことか。

真の強さは、得てして見た目ではわからない。

もの静かで穏やかな、一見つまらなく見える人物にこそ、真の強さが宿っていることは、現実社会でも往々にしてあることだ。

凡百の我々に、それはなかなか見えないことのほうが多いのだが。






※あと、こんなモンまでキング原作とは知らなかった、驚いた(笑)。
 センセ、どんだけジャンル広いんですのん!?(爆笑)

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