先月末の帰省前後の発売だったためレビュー遅れたが取り上げておく。
『バガボンド(37) (モーニング KC)』
長岡佐渡に頭を下げ、飢餓に全滅しようとする村を救った武蔵。極寒の冬をなんとかしのいだ村人たちは秀作の下最後の賭けともいえる稲作りを始める。村人に生きる希望を与えた武蔵もその一員として水田に挑むが、飢餓を通り抜けた秀作の身体は酷暑を前についに倒れてしまう。秀作の名代として稲と対峙する武蔵だが・・・。
巷では「やっと田んぼ終わり?」とか言われているようだが、見るものから見ればいちばん過酷な戦いの巻であった、というのは分かると思う。
そのポイントは、本巻の主役は武蔵その人ではなく村はずれの頑固者・秀作その人だったということだ。
ここを見誤るとただの観念的な話を稲作にかこつけてたらたら語っているぐらいにしか読めないだろう。
戦いと書いたが、これは稲や自然と戦っているのではない。
そういった自然と対峙しながらどうやって目的を達成できるか、この場合で言えば、ほぼ最悪に近い条件におかれたなかで、どうやって村人全員の命を守ることが出来るのか?そういう非常に重い重荷を一人背負った秀作の”防衛戦”のエピソードといえるだろう。
「なあ 教えてくれや どうしたらいい」
「しくじらずに 必ず実るやり方は・・・?」
苗床に向かい、一人問いかける秀作はそういって「ないわな そんなもんは ふふ」とひとり自嘲するのだ
秀作と武蔵が最終的に心を通わせ合うようになるのも、ある意味そういう孤独を背負って戦ったことのある者同士だったからだろう。
目的は根本から違えども、自分を律し、自身の選んだ対象と真っ向から向かい合ってきたからこそ、秀作は武蔵に心を開いたし、武蔵は秀作の言葉を受け取ることが出来たように思う。
だからこそ武蔵を思いやり「戦えなくなるうちにここを出ていけ」と言葉をかける。
しかし武蔵は出ていかず、村は収穫の時を迎える・・・。
このエピソードが今後の内容にどう影響していくのかは分からないが、武蔵はこれまで見えていなかった自分より「弱い者」、その存在に気づいたわけである。
それを引き受けて生きていくのか、それとも再び振り払うようにして最後の戦いに身を投じるのか―。このあたりが実は個人的にはいちばん気になっている。
もちろん本巻のエピソードでその行き先の方向性のようなものは見えているが、そこを具体的に井上氏がどう描写していくのか?
以降、それが非常に楽しみだ。