虐殺器官/伊藤計劃

標準

出版当時、SF界隈のみならず本好きの間ではかなり話題となった記憶のある、伊藤計劃氏の代表作。

早逝した人物は往々にして過大評価されがちな傾向があるが、そんなことを抜きにしても、日本のフィクション小説史に残る一作だと思う。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA) [文庫] 伊藤 計劃


世界各地で頻発する虐殺。その虐殺の首謀者たちを狙う米軍特殊部隊大尉・クラヴィスは、数々の現場を転々とするうち、ある時その共通する点があることに気付く。そこには必ずジョン・ポールという名の男の姿があり、彼が入り込んだ後に、その国で必ず虐殺が発生していたのだ。

母の死や任務上の殺人、知らずに抱え込んでいた殺人への葛藤の中、ジョンポールの影を追い続けるクラヴィス。そしていつしか彼は、そのジョン・ポールの陰に大衆に働きかけ、虐殺を引き起こすあるシステム―”器官”が存在しているのではないのかと気付き始める・・・・・。

サラエボが核で消え、バイオテクノロジが違和感なく溶け込んでいる、現代の延長線上の極近未来を舞台に描かれる、一流のSFサスペンス。


出版当時からかなり凄い小説だというのは聞いていて、いずれ読みたいなと思ってはいたんだが、ようやく気分的に機会に恵まれて。

結果、評判どおりの素晴らしい作品だった。

本作は、淡々とした筆致で一貫して進行するが、かといってそこに葛藤や引き込まれるものがないかというとその逆で、非常に練られたプロットでぐいぐい引き込まれて、あっという間に最後まで。

根幹となる”虐殺器官”のアイディア自体も、これまで全くなかったアイディアというわけでもないのに、非常に説得力を感じる。

これはやはりこの著者ならではの、言葉に対する鋭いセンスのようなもの故だろう。

ある意味、作家という”言葉のプロ”たる面目躍如の一作といえる。

テーマ的にもその”虐殺”ということや、個人情報すらも全て飲み込んでいく資本主義という名のグローバリズムを、大仰にではなく、作品のディティールとして淡々と描くことで、いまの我々の嵌り込んでいる泥沼を、ある種のリアリティを持って感じさせてくれる。

そういう、カリカチュアライズしたいまの我々の世界の抱える重苦しい問題を描きつつ、上述のように、ストーリーとしてぐいぐいと引き込まれるエンターテイメント小説としても成立している―これが本作をして、非凡、と評されることとなった一因だろう。

論理的な思考を志向する、そのくせその奥にはなみなみとした感情の海をたたえている。
そういうタイプの人には、是非読んでみて欲しい一作である。

これだけの素晴らしい作品故に、返す返すも著者の早逝が惜しい。

※ちなみに、一読時、いい意味で”ハリウッド映画みたいだな”と感じたが、最近、企画以前の段階のようだが、ハリウッド資本から映画化検討で接触はあったらしい。

映画向きの素材だと思うので、クリストファー・ノーラン監督あたりが撮ってくれたら狂喜乱舞なんだが(笑)。

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