いい、予想外にいい。
不覚にもこの段階で泣かされるとは思わなかった。
『ウルフガイ 10 (ヤングチャンピオンコミックス)』
青鹿先生をエサに竜子に呼び出され、前巻で手傷を追った犬神明がようやく先生と再会するところまでを収録。
原作では描写のほとんどなかった侵入シーンが大幅に書き加えられ、エンターテイメント性も増している。
それもそのはず、なんせこのコミカライズ版で犬神明を廃墟のホテルで待ち受けるのは、原作にもあったドーベルマンピンシャーのみならず、ガトリングガンに対戦車地雷、おまけに”なにかに取り憑かれたような”明らかに失調しはじめている羽黒の手下たち。
原作は得てして内省的な描写が多くて、エンターテイメント性は次章『狼の怨歌』以降に譲るが、本作はちゃんとエンターテイメント性を意識しているのがいい。エンターテイメント作品が持つ”マンガとしての爽快感”が本巻にはあった。
その上で原作のテーマも、もの凄く尊重している。
それが犬神明が銃を嫌うエピソード。
これはいい。話の筋としてすごく説得力増したし、今後連載が続くなら物語の真のテーマへの、一見地味に見えるが、もの凄く強力な補強になると思う。
羽黒側のシーケンスの付け足しもいい。
羽黒がこれまで殺してきた人間たちを幻視する、というシーンだが、ここで一歩も怯まないので羽黒の悪役としての魅力も倍増。
そんな羽黒をして”ずいぶん人間らしくなってきたものだな”と亡者たちが嘲笑するのも、本作のテーマをすごく現している。
そしてベルセルクの影響を感じないでもないが
”今 俺は 現世とあの世の狭間に踏み込んで 半獣人の化け物と戦っているんだ”
というセリフもある意味正しい。
意識の世界と現実の世界が、等価に交錯するのが、平井作品の醍醐味だと個人的には感じているので、すごく的を得ている。
で、青鹿先生との再会シーン。
これもうまい。
前巻までのレビューでも書いたが、ここまで犬神明と青鹿先生の「”繋がり”の描写」の説得力というのは正直弱かった面は否めない。(この理由は後述する)
けど、今回のこの再会のシーンはアリだ。
というか、ここまでのかなりえげつない暴行シーンも、これがあるならよしとする。
ちょっと思わず泣きましたよ、ええ。
ほんで犬神明の表情がどんどん良くなってる。
物語の最初のころはちょっと15,6歳という表情には、大人びたタフな感じがあって、それはそれでよかった。
だが、5巻目ぐらいからそれに加えて、いい意味で”少年らしい”表情が画的にでてきている。
ある意味”少年マンガの主人公”らしい表情だ。
実はこういう”ハイティーンの少年”という主人公って、いまもの凄く作品としては少ない。
ものすごく少年か、変に大人びているか。
あるいは少女マンガなどに見える、決まりきった記号としての”イケメン男子”的なものしかない。
それって変に肩に力が入っているか、ポルノグラフィ的な記号をひそませた”男子”描写なんだよね。
でもこの犬神明はそうじゃない。
男の側から見て”ああいいな”と思える描写を久々に見た。
その描写に画的に成功していると思う。
こういうハイティーンの男の子の主人公というのは、もの凄く貴重だ。
たぶん、ずっと平井作品の熱心なファンであり、ほぼ公式といっていいほど氏の作品のイラストを担当しつづけた、作画の泉谷あゆみ嬢の功績が大きいと思うんだが、すごくストイックな―潔癖さをまとったセクシーさだ、もともとの部分に下心がないからだろう。
(そういう意味では、青鹿先生の表情も犬神明と顔を合わせているときのそれが、もの凄くいい)
あと1巻ぐらいで終わるかと思ってたが、この調子だと最低後2冊はつかうか?
いやーこれで虎4とか西城出てきた日にゃどうするんだろうねえ?(泣)
たぶんいい意味で原作を裏切ってくれることを期待し、次巻以降のクライマックスを待ちたいと思う。
PS:愛車のブルSSSを踏み台にされた神明は可愛かったですw
(付記)
で、ここまでで唯一「おしいなー」と思ってたのが、前巻あたりになるまでの、犬神明と青鹿先生のメンタル的な繋がり描写の弱さ。
これだけ、ほかの部分ではすごくいいリメイク描写が続いているのに、もったいないなー、なんでだろー?と思ってたんですが、理由がわかりました。
そ・れ・は
ぶっちゃけていうと、独白の多さ―もっというと人狼たち側に、自身を喋らせすぎている点、かと。
これは隔週連載のマンガというスタイルを考えると仕方のない部分があるし、作品世界の前提を読者にわかってもらう手法としては通常の方法。
だけど、たぶんこれで吸引力がもの凄く落ちてしまっている。
おそらく読者が想像で補ってくれる部分を、ネーム(文字)の部分が先に答えを出してしまっている。
だからおそらくシナリオの田畑氏の想像した範囲に読者は留まってくれはするが、それ以上のものを逆にいうと封じてしまっている。
ためしに手元に現物を持っている人は、人狼側の独白シーン、セリフの類はナシとして読んでみてください。
面白さ3倍ぐらいになるぞ?(苦笑)
これは田畑氏を責めてるわけでなくて、おそらく氏の得意なスタイルがこれ、ということなんだろうな、とは思う。
(それにウン十年前の原作を、ここまで良質なコミカライズにできたのは間違いなく氏の脚本の功績がおおきい)
だから、それだけに「おしい、惜しいなーっつ!?」といいたいわけですよ。
ましてや、これだけの画のクオリティを作画チームのほうががんばってるわけでしょう?
冒頭数冊ぶんなら仕方がないと思うが、もう少し、画の力を信じて”画に語らせる”ことも意識的にやっていただけると、たぶんもの凄い傑作が生まれてくると思いますです、ハイ。
ただ、いまやってる『~紋章』以降って、犬神明、ちょーダンマリになるんだけどな・・・orz
※2022/06 標題の表記を統一、リンク切れを修正