【レビュー】『閃光のハサウェイ』村瀬修功 監督

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これも今年のまとめとしては取り上げるのを避けるわけには行かない一本。(2021年6月11日公開)

制作会社のサンライズによる宣伝等の強力なプッシュもあっただろうが、それに値するだけのクオリティをもった一本で、おそらく近年の「ガンダム」と名のつくコンテンツの中では最高峰の作品の一つとなったといっていい。

三部作の一本目にも関わらず、その美麗な映像のクオリティで新規の一般客も増やしたと思われ、このあたり近年のガンダムコンテンツ復興のきっかけとなった『ガンダムUC』のそれを彷彿とさせる。

そして本作がこれまでのガンダム作品と顕著に異なるのは、その徹底したリアリズムというか現実に即した描写。それが非常に”大人向け”な原作とマッチして、明らかに「おもちゃ(プラモデル)の販促」というレベルから一段抜け出して、骨太な、一般の視聴者層の鑑賞にも耐えられる一流のエンタメ作品として仕上がっている。

またそのクオリティへの制作側の自信からか、AmazonPrimeなどの配信サイトでも比較的早い時期から配信されて、そのクオリティを目にした一般の視聴者からの支持も獲得したようだ。
(Youtubeの関連動画などへのコメントからも「ハサウェイからガンダムを見始めたのですが」的なコメントをよく見る)

このあたりは未見の方はぜひ実際に作品をご覧になって確かめていただきたいところだし、見ていただければそのクオリティは十分納得していただけると思う。

※↑OP曲のPV。本編ではこれに関連MSのCGI映像が流れる─マーベルやDCといったアメコミ原作のハリウッド実写作品を彷彿とさせる演出でニヤッとさせられる

とはいえ本作もガンダムシリーズのこれまでの歴史を踏まえた作品であることも事実なので、少々設定的に分かりにくい箇所があるのも事実。だが、それを差し引いてもハサウェイ、ケネスそしてギギという3人の男女のドラマの冒頭部分としてとても引き込まれる内容になっている。

そして「ガンダムと名のつくコンテンツの中では最高峰の作品の一つ」と先に書いたが、本作が極めて画期的な作品であることは、上記リンクで見ることのできる冒頭15分の映像の段階ではっきりと分かる。

どういうことかというと、ここで描かれているセレブレティ的人種の生活空間の描写というのは従来の「アニメ」─それも原作者の富野監督をして「おもちゃの販促フィルム」と卑下した、ロボットアニメというという「絵空事中の絵空事」なジャンルでここまで超絶なクオリティで描かれることは絶対にありえなかったからだ。しかしこの執拗なまでのクオリティ─それを徹底して描いたからこそ、本作のヒロインであるギギという謎の美女の魅力がここまで引き出せている。(ギギの魅力に関しては他に声を担当された上田麗奈さんの力も大きいと思う)

実はこのあたり、本作の村瀬監督とともに制作に参加されている渡辺信一郎氏による『ブレードランナー2049』のスピンオフ作品である『Blackout 2022』あたりからのテイストも受け継いでいる印象が濃厚で(村瀬監督もスタッフとして参加)、未見の方は関連作品としてご覧になられることをおすすめする。監督とスタッフという立ち位置は逆だが、ご両名の関わられた作品としてみるとその画面の緻密なディティールに共通点がはっきりと見られるだろう。

そしてそういった緻密なディティールが「戦闘兵器としてのモビルスーツ」が「市街地で実際に戦闘をすればどうなるか」という描写に強い説得力を与え、本作が持つ独特の「リアリティ」を高めることに成功している。これはダバオの市街戦で飛び散るビーム兵器の細かな跳弾が火災を起こし、人体を容赦なく焼くという、これまでの「お約束」に守られたロボットものという範疇ではなかなか描けなかった描写だ(ここまで皆無だったとは言うつもりはない)。

これらの描写の重み─リアリティがあるからこそ立場的には「テロリスト」である主人公・ハサウェイの精神的な危うさが伝わるし、連邦政府の高官たちの腐敗ぶり、市井の一般人たちの強かさなども活きてくる(よく例に出されるハサウェイと一見胡散臭いタクシーの運ちゃんとの会話とのシーンなどはその白眉だろう)。

そしてそういうディティールの持つ重みの上で「ロボットもの」の宿命であるモビルスーツ戦の描写があるわけだが、そこまで小さなディティールを執拗に積み重ねたことで、やはりひとつ上の次元の描写になっている。

また個人的に一つ新鮮な驚きだったのは、ここまで映像がハイクオリティだと、音楽も一段上に押し上げられるんだな、ということを実感させられたという点がある。

本作の劇伴音楽は『ガンダムUC』以降、ある意味近年の宇宙世紀系のガンダム作品には欠かせない(固定スタッフといってもいい)澤野弘之氏によるものであるが、個人的な印象だとガンダムに限らず澤野劇伴はこれまでどちらかというと映像に対する「ブースター」として映像をより一層押し上げられるために使われていたように思うが、本作ぐらいの高レベルの作画・演出が伴うと、その映像側の力で音楽が強力に押し上げられるんだな、という実例を今回初めてみた。

ハサウェイたちテロリスト側のモビルスーツが市街地への夜襲をかけるシーンで流れる『TRACER』という曲がその好例で、単純に曲だけ聴くとある意味ノリの良いダンスナンバーという感じなんだが、実際の映像をご覧になった方は分かるかと思うが、このシーンがすこぶるカッコイイのだ(公開直後この点はかなり多くの人が言及していた)。ええ、自分もこれにつられて買うつもりのなかったメッサー(夜襲をしかける側のMS)ガンプラ買いましたよ(苦笑)。

『TRACER』PV

本作は前述のように3部作の第1作目にあたるのだが、これだけのものを見せられると早く次作を見せていただきたくて仕方がない。しかしこのコロナ禍のせいで監督はじめスタッフがロケハンに出れず、公開時期はまだこの時点で一切言及されていない。架空のロボットアニメにロケハンなんて!とこれまでなら一笑に付されるところだが、フィリピン・ダバオを実際にロケハンしたが故にこのクオリティが出せたというのだから、これは待たざるを得ないでしょう!(ちなみに次作以降の舞台は南半球・オーストラリアである)

ここまる2年ほどはコロナのせいで、映画館へ映画を見に行くのもなかなか気軽にできない雰囲気が続いているが、本作はそのなかでも「思い切って劇場で観ておいてよかった!」と心底思った作品の一つである。
未見の方は映像を見るだけでもいいので、だまされたと思ってぜひ一度見ていただきたい─そういえる一本だった。

※1点だけ本作を見る際に注意点があって、実は本作、光学的設計が最近のハリウッド映画に合わせてあるためか、人によっては「画面が暗い」と感じられる方が多いようだ(事実ハリウッド実写映画はものによっては暗めのシーンなどは見づらい傾向がある)。なのでご自宅で観られる場合はそれを踏まえたモニターの調整を事前にされておくといいかもしれない。

ちなみにこのハリウッド映画などの「暗い」光学設計というのは、西欧人とそれ以外での虹彩の色などによる見え方の違いによるものではないか、という話は耳にした。実際はどうなのかはわからないが。

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