【青春18きっぷの旅】亀山・忍山神社【弟橘姫命関連】

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今月月初に実家の用事で大阪のほうに戻っていたのだが、けっこう精神的に疲れる案件だったので帰り道に寄り道してリフレッシュしようかと。

なんとなく伊勢・鈴鹿方面に気持ちが向いていたので、草津線を使って柘植→亀山→名古屋へと抜けるルートを選択。
でね、ここにもあったんですよ、弟橘姫命関連の神社が。





当日午前早くに最後の用事を済ませて草津線に乗り込み、ちょうどお昼ごろに亀山着。
名古屋までの乗換駅だし、たしか以前ブイブイ言わせてた亀山ブランドてここのことよな・・・昼飯は駅前でなんとかなr

なりませんでした!(^^#)



駅前にあるのはいまにも滅びそうな(食品サンプルがっつり変色している)定食屋っぽいところだけ。ほか旅館と思しき一階にも中華料理屋っぽい看板はあれどやってないっぽい・・・。

しかたがなく目的地とは逆方向の国道沿いへ。ええ、一応ありましたよ、ラーメン屋。

しかしなぜ伊勢亀山で東京荻窪ラーメンを食べねばならんのか!?(^^#)

いえ、いいんです。旅先の一人メシのチョイスのまずさは十分自覚してますんで、ええ(自虐)。

で、敗北感を感じつつ東京荻窪ラーメンで食事を済ませ、目的地まで2キロほどを徒歩で。東京荻窪ラーメンが目的地と逆方向だったので2キロ強歩いたかもしれませんねぇ、ええ、逆方向だったので(・・・・・)。


地図ではこのような細かいルート出てますがええガッツリ国道沿いの道をどまっすぐに進みましたよ(^^#)。当然ながらこちらのほうが分かりやすかったかと。
当日は時折風は吹ていたものの、12月にしては穏やかな気温でここは助かりました。正直これでもっと風吹いてたら文字通り風邪ひいてたかと思う。
そうこうしていると視線の先にうっそうと茂った、なんとなく圧力を感じる小さな森のようなものが。アレかな・・・?

ということで目的地の忍山神社の東側側面に到着。こちらはおそらく正門ではないでしょうが、立派な石造りの碑銘が。

同じく鳥居も結構立派なつくり。こっちから入ってもよさげなもんだけども、ここは一応南面するであろう正面から行きたいところ。

観るとご祭神が。猿田彦命様なんですね。そういやお伊勢さん行った時も交通の便の関係で猿田彦神社素通りのままだわ。今度行った時にはお詫びを兼ねてお参りせんと。

で、こちらが正門らしきほうの構え。やはり年季が入ってる感じはこちらのほうが上ですね。さきほどのご祭神の一覧表と同じものがこちら側には木製の立て札で用意されてましたが、経年ですごく読みづらくなってました―そのぶん苔むしていい感じでしたけれども。

で、境内。大きさはさほど広くなく―しかしなんとなくパワフルな感じのする場所でした。この拝殿-ご本殿に向かって右側がさきほどの東側の入口からまっすぐつながってました。手水場がそれぞれにちゃんとあるというのは、端折ってる神社の多い昨今では珍しいかも。

で、今回ここへ来てみたのは弟橘姫命のことを調べていて、お父様が穂積忍山宿禰とあり、その周辺を調べてたらここが弟橘姫の生誕地らしい、と。
ほんで立地が亀山・・・亀山って伊勢へのルートの途中よね?伊勢といえば・・・ひょっとしてあの人がらみですか・・・?とうっすら想像してたら

やっぱり倭姫命の通られた経路じゃん!?ビンゴー!?



倭姫命は弟橘姫の夫である日本武尊の叔母さまであり、尊に天叢雲剣を授けた方でもありますが、もっというと三種の神器との同床を畏れた時の天皇がそれらを祭る場所を探すために「御杖代(みつえしろ)」として各地を巡幸された方(倭姫命は実はこの二代目―初代豊鍬入姫命から任務を引き継いだらしい)。

で、その時にここに立ち寄られてるということは・・・。

いろいろと妄想はかどりますわね。倭姫が立ち寄られたときに小さなころの弟橘姫にあってたんだろうかとか、そうすると弟橘姫は伊勢を斎宮として立ち上げた倭姫の手元で薫陶を受けてる可能性もあるよなとか、そうすると日本武尊ともその関連で面識があったのかなとか・・・。
(倭姫の秘蔵っ子として日本武尊に同行したとか想像するともうこれだけでお話一本かけそうよね、くわー!?)

で、その弟橘姫の生誕地・・・ということもあるのか、ここの狛犬のうちの一体はかわいらしんですよ。
なんとお母さんと思しき狛犬の腕にちいさな狛犬の子供が甘えるように抱きついてるの・・・。


ぷはーっつ!ということで妄想ネタをいっぱい仕込んで神社を後にしたわけですが、帰り道に見つけた看板に堂々と書いてありましたわ

倭姫命巡幸の宮って・・・



分かりました!じゃあ次は御杖代・元伊勢・倭姫命関連の神社も調べろということですね!ええ、分かりました、回りますよ、そういうことになってるんですねええ!(半ばヤケクソw)

でそんなこんなで亀山を後にし、名古屋まで出たんですが名古屋といえば・・・しばらく行ってないし、関連地だよね?ということで久々の熱田神宮にもお参り。
(電車で神社周りをすると日暮れにどうしても制限されるので一日で回れる数はどうしても限られてきますなあ・・・)

拝殿は恐れ多いので社務所の写真など。しかしこの写真もこっちがカメラ構えてんのに延々と自撮りを続けるナゾのおばはんのせいでめっちゃ時間かかって撮ったのはヒミツだ(苦笑)。

で、タイミングよく工事用の看板?なのかこちらの神社の由来などを説明するパネルに日本武尊に関するものも。


考えてみればいちおう尊の正妻っぽい立場の方は、この熱田に関連のある宮簀媛でいらっしゃるのよなあ。しかし逆にこのあたりもこっちの勝手で妄想する分には逆にいろいろと幅が広がって面白い。

一説によるとこの宮簀媛との婚姻はこの辺り(濃尾地方?)の勢力との融和の意味もあるっぽいし、日本武尊が東征する際には婚約だけして東へ向かってるとの記載もある。政略結婚だとすると現地にとどまるのは当然ともいえるし、実はまだ婚姻できる年齢に達してない幼妻といえるような年齢だったのかもとかも妄想できますわな。

なんにしろ意外なほど調べれば調べるほど出てくる皆様のキャラが非常に立ってる方ばかりっぽいので、ひとりあれやこれやと妄想させていただき、非常によいストレス解消となりました。


たぶんこの調子じゃまだこのシリーズは続くな(苦笑)。

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