昨年、台湾での上映時から気になっていた映画だった。尺が長いのですぐ観に行けなかったんだが先日念願かなって見てきたのでレビューしておく。
1920年代末、日本統治時代の台湾。その時代の台湾の弱小チームであった嘉義農林野球部は、毎日泥だらけのマウンドでちゃんとした指導者もなく遊びと区別もつかないような練習をただ繰り返すだけだった。そこへ内地での甲子園出場経験があるという近藤兵太郎(永瀬正敏)が監督に就任する。スパルタではあるが真摯なその指導の下で、部員たちはいつしかほんとうに甲子園出場を目指すようになる―。実話をもとに脚色を加えた、台湾と日本が共に歩んでいたある時代の物語―。
その存在を知ってからずっと気になっていた作品だけあって、評判通りのいい映画だった。
まず何よりも日本人キャストが邦画のようにわざとらしい演技で浮いてないのが良い。これはひとつの象徴的な場所としての嘉義の噴水広場まわりの力の入ったセットや、台湾語などの言葉が入り混じっている独特の雰囲気という事もあるだろうが、日本の多くの商業映画のようにきまった型やお約束というものがないからだろうとも思う。
そのなかで主演の永瀬正敏をはじめその妻役の酒井真紀、出番は少ないが八田與一役の大沢たかおなど、非常に自然な演技をみせる。加えてある意味本作の真の主役である呉明捷投手役をはじめとする嘉農の選手たちが―全員野球経験者をオーディションで選んだというだけあって―どの顔を見てもすごく味のある、活き活きとした表情を見せてくれる。これはすれたエセ美少女や優男だけが跋扈している昨今の邦画のティーン役からは想像もつかない、その人たち自身が持つ”素”の魅力だ。
とにかく出演陣の”顔”―それがすべていい表情だったというのは特筆しておくべきだろう。前述のように当時の街並みや、改装されるまえの木造の甲子園球場の巨大セットなどのリアリティに加え、それが呼びこんだのか、永瀬正敏や酒井真紀の醸し出す雰囲気が凄く良い―久しぶりに(完璧ではないにせよ)”昔の日本人”的なキャラクターを垣間見たような気がする。
自分はどちらかというと野球に詳しくない―というか疎いといったほうが正確かと思うのだが、そういう人間でも本作は、そのストーリーとスケール感で十分に楽しめた。ただ、野球の点ではなく史実や当時のエピソードをすこし知っていないとわかりづらい演出があったのは、力作だけにちょっともったいなかったようにも思う。
これは大沢たかお演じる八田與一が台湾に当時アジア最大を誇る嘉南大圳(ダム)を作った人物で、いまも台湾の人たちに広く愛されていることや、嘉農に負けたライバル校の投手が決勝で苦戦する嘉農へ叫ぶ「天下の嘉義!」という言葉(当時の活躍から実際にこう称されたらしい)、そして決勝での呉投手のピンチに際してチームメイトが叫ぶ「いらっしゃいませ!」の掛け声(これは打たれても俺らがとるぜ!ということで実際にそう声を出して戦ったらしい)etc、これらのエピソードは事前情報として知っているかいないかでずいぶんと印象が違ってくる。
あとこれは不可抗力かもしれないが、チームの初期メンバーのキャッチャー役の兄ちゃんがいかにも「悪ガキ・クソガキ」な感じで凄く魅力的だったため、エースピッチャーの呉明捷くんが主人公というのが最初なかなかわからなかったのはご愛敬か(苦笑)。このあたりをはじめ、「学年が変わる=卒業」的な演出など日本の野球をテーマとした作品ほどその手の”お約束”的な演出に良くも悪くも落とし込んでいないせいか、やや感動がそがれてしまったり・・・といった部分はあるにはあった。
そういう意味では、これらを頭に入れた上で2回目をみればより感動できるように思う―このあたりは台湾の制作陣側ではなく、日本の配給側がもう少し事前情報などの見せ方を考えるべきだったかな―惜しいよ。
そして本作は尺が長い(約3時間)ので、なかなか何回も見に行くわけにもいかない―ほんともったいないところだ。
また本作は、昨今やれ移民だなんだと騒がれることが多い中、そういう「異民族同士が一緒に生活をする」ということを期せずして見せている作品でもある。
この作品の舞台となった時代は、まだ力でモノを言わせる国際関係があたりまえに通じていた時代―そして明治以降の近代国家としての日本がいちばん上り調子にあった―ある意味日本という国の青春の一時代とも言える時代であった。
そんな国力に満ち溢れていて、なおかつ台湾という比較的日本と親和性があった国との関係でさえ、本作の嘉農のような例ばかりでなく、インタビューで嫌味を言うヤツのような軋轢があったわけである。そういう意味で、本当の意味での国際化とか移民、文化の交流というものは、インテリが考えるような机上の空論で済むものではあるまいよ、というのもこの幸せな映画を見たからこそ感じもしたな。
とにかく本作品は最近の日本ではまず見ることのできない「地に足のついた」大作である。そして、かつての日本が持ち得た数少ない「顔を前に向けて歩いていた」時代を垣間見せてくれる。
その時代のことを現地ではどう思われているのかわからないが、個人的にはそういう時代を―その経緯はどうあれ―一緒に歩いてくれていたのが台湾であり、その時代のいちばんいい思い出の一つをこういう形で残してくれたという事は望外の幸運といってもよいだろうと思う。ほんと台湾には足向けて寝られんな。
(もちろんきれいごとの関係だけではなかっただろうことも忘れてはいけないのだが)
なんにせよ、本作は本来ならもっと多くの上映館で、もっと多くの人に見てもらいたい・見るべき作品だと思う。
特に普段から野球好きだったり関心のある人間は、いますぐ飛んでって観てきなはれ(笑)。
なかなかこういう作品を素直に作れない日本というのも、いいのやら悪いのやら―こういういい作品を他の国の人たちが作ってくれると、その複雑な思いはいや増すばかりだ。
『KANO 1931海の向こうの甲子園』
(公式サイト)http://kano1931.com/index.html