公開前に劇場で予告編をみて特に強烈に「見たい」という感じではなかったが気にはなっていた作品だった。で、公開前後のプロモーションでよくよく聞いてみるとこれ、原作昔読んだことあるやつじゃん!?ということで少し前に観にいってきた。「ばかうけ」が気になって見に行ったわけではありません(笑)。
内容としてはいわゆる「ファーストコンタクト」ものなんだが、この作品のキモはそのコンタクト手法とそれの及ぼす影響の部分。
小説の原題は収録の中短編集の題名にもなっている”Story of Your Life”(ヒューゴ賞受賞作)、映画としての本国でのタイトルは予告トレーラにあるように『Arrival』(到着・到達)-でこの邦題なわけだが、まあどれも内容的には間違っていないが含蓄の深みはちがうな(苦笑)。
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上記のように原作はヒューゴ賞受賞ということからもわかるように、どちらかというといわゆる”ガチ”の、本来の意味でのSF的な作品。昨今のエンタメ色の強い作品が歓迎される傾向からすると原作自体が非常に珍しいケースのヒット作といってもいいと思う(そういう珍しさもあって自分も覚えていた―といってもだいぶ前の作品だが)。
そしてこの作品の一つのポイントがいわゆるサピア=ウォーフ仮説というやつなのだが、映画版ではこの仮説を上手にウェイトを持たせたうえで、世界の政治情勢なども絡めて、原作小説版に比べいい意味でエンターテイメント性を増した仕上がりになっている。
このサピア=ウォーフ仮説というのは「言語はその話者の世界観の形成に関与し、異なる言語の使用はその使用者の世界観(現実空間の把握の仕方)も異なっている」とでもいったところかと思うが、このあたりは英語でしゃべってみたときに自分の性格がなんとなく変わったように感じる体験をされた方なら自然と納得できるだろう。(*1)
そしてそういった使用言語による感覚の違い=世界を別のとらえ方で把握するというアイディアを捨てることなく、原作よりもうまく風呂敷を広げて話の骨子に据えているあたり、昨今にはめずらしいわりと正統派の、ガチのSF映画だったと思う。そういう意味でも見ておいてよかった。またこのギミックはタイムパラドックスとしても働いていて本作にある種のリリカルさを付け加えているが、映像になることによってその部分がよりわかりやすくなっている。
基本的に淡々と進行し、話も大きく持ち上げて落とすといったところも少ない近年まれなかなりストイックな映画だが、それに輪をかけているのが本作のサントラだ。これがある種前衛音楽っぽいかんじのなかなかとんがったスコアで、すごく合っていた。ただこの音楽のチョイスといい、前述のシナリオの淡々さといい、昨今の「いわゆるハリウッド映画」的なフォーマットからすると非常にリスキーな要素満載なわけで、正直よくこれだけリスキーな要素だらけの作品にゴーサイン出したな、とちょっと感心する。しかし結果として、その賭けは見事に成功してるのだ。
(もちろんこのあたりは近年のゼログラビティやインターステラー等の作品あってのこととは思うが)
ユニバーサル ミュージック (2017-04-26)
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地味だが本物、そういった感じの映画である。ただ冒頭でも書いたようにちゃんと世界情勢と絡めたところで大きな物語としてのエンターテイメント性はきちっと出している。加えて「失うことが分かっていても、もう一度その道を選ぶのか」というある種普遍的な問いも組み込まれていて、映画という枠を超えた「物語」としての王道をしっかりとおさえている。映画にエンターテイメント性をなによりも第一に求める方には眠くなる映画かもしれないが、そういった視点をとっ払うなら、なかなか含蓄の深い作品だったと思う―むしろ何回か見て初めてその深みがわかるような。
ということで非常にいい映画化-ある意味では原作よりよりわかりやすさが増して普遍性も上がっていた―であった。
そのうえで、個人的にちょっと惜しいというか「こういう改変もありだったんじゃないかな」と思わないでもないのは、主人公の女性言語学者だけが”その視点”を獲得するだけでなく、相方の男性物理学者のほうも”その視点”を得たうえで彼らの選択があったなら、物語としてはもっと”家族の物語”になり得たんじゃないかな、とは思う。
ただ、昨今はそういった古い形の家族像ではなく、フェミニズム的というか”親である前に一人の個人”的な欧米の家族観では、こういうストーリテリングで間違ってはいないんだろう(原作どおりだったかと思うし)。
まあ、なんというか昨今のエンタメ系ファーストコンタクトものにありがちな「わー!」「きゃー!?」「どかーん!!」な感じでなく、淡々とある種の寂寥感をともないつつ、静かにその空気に浸るような良作ではありました。個人的には嫌いじゃないタイプの映画。
で、この監督さんが公開を控えているブレードランナーの新作の監督さんらしいのよね。そういう意味ではちょっと期待できそうでうれしい。
*1
認識が世界を変える、という意味では個人的に大好きなグレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック
』にも通づるところがあるように感じた。
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※ちなみに本映画化にあわせて原作小説のジャケットも変更されているが、個人的には昔のバージョンのほうが好きである。
(当時の表紙は大理石の彫刻像が並び立っているようないい意味で地味な表紙であった)