【レビュー】『君のいない世界~hideと過ごした2486日間の軌跡~』I.N.A.(hide with Spread Beaver)

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これも没後20周年の一環として企画された部分もあると思う一冊だが、hideという稀代のアーティストについて・・・の一冊でありつつも、現在の世界のポップ/ロックミュージックにおいては当たり前の技術となっているDTM/DAW(コンピュータによる音楽制作)、その黎明期の貴重な歴史の証言という側面ももった一冊である。

本書はhideという稀代のミュージシャンと彼を支えたおなじく稀な才能の持ち主である稲田和彦(I.N.A.)―その二人の蜜月時代―ある種の「青春」時代を語ることによって結果的それが浮き彫りにされている。この二人がいかに自分たちの作る音楽にストイックに向かい続けていたのか―それが当事者ならではの筆致で詳細に(そして明るく)描かれている。

その内容は当時の二人がどれだけ最先端のことをやっていたのかということの貴重な証言でもあり、本書はこの点でも重要だ。しかしそれはあくまでも本人たちがカッコいい音楽を作ることを(苦しみつつも)楽しんでやっていた結果に過ぎないということも大事なポイントだろう。筆致が正確で余分なものがないのも稲田さんの性格が出ているようでいい。

ある種の青春時代の証言―しかしそれだけに「あとに残された一人」のことを考えるとほろっともさせられる一冊。

打ち込みやDTM/DAWで音楽を作ったことのあるすべての人たちにぜひ読んでほしい一冊である。

君のいない世界~hideと過ごした2486日間の軌跡~
I.N.A.(hide with Spread Beaver)
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本書は稲田氏がXのマニピュレータとしての仕事につき、そのギタリストであったhideとの出会いからなくてはならない音楽的なパートナーとして彼のソロアルバムを一緒に作り上げていく過程が余すことなく語られている―ほとんどそれ中心といっていい。
(hideのなくなった原因がどーのという暗い部分の話は皆無である)

そしてそれは本書にも出てくるが「最小の人数で最高のアルバムを再短期間で作った」(2ndアルバム『PSYENCE』についてのhide本人の弁)というように非常に密着した作業で、いかに「hide」という名義で発表された音源が二人の関係性の中でこそ生まれてきたものであるかが改めてよくわかる。(この点も生前hide自身が「僕とINAちゃんでhideというバンドをやっているようなもの」といっていたのは有名な話)

本書はそんな”季節”のことを書いた、ある種のドキュメントであり、ある種の青春小説のように自分には感じられた。(そして前述のように黎明期のDTM/DAW的な音楽制作史の証言の一冊でもある)

毎回この稲田さんとhideに関して感じるのは、ある種「出会ってしまった二人」・・・ということなんだろうなあ、ということ。

それは普通の人ではまず体験することのできない大きな幸運であり、(事故の前後のことを考えると)大きな不幸でもあったと自分などは感じる。hideという巨大な才能に深く関わった稲田さんの運・不運も、その時点でとてつもなくスケールの大きなものになってしまったということなんだろう。

本書の最終シークェンスは彼(hide)が「居なくなった」後、最後のアルバムとなった『Ja,Zoo』で唯一曲はできていたのにボーカルトラックが収録されていなかった「子ギャル」をボーカロイド技術によってリストアした時のことが書かれている。ボーカロイド技術が素晴らしい伸長を見せたものとはいえ、やはりそれは当の本人の声の再生にほど遠く、プロジェクトは没になりかけた。しかしボーカロイド技術の開発元であるYAMAHAの粘りとhideへの敬愛の念で1年後になんとかギリギリの線まで持ってくるところまでは成功する、しかしこのレベルではまだ「hideの音源」としては世に出せない―。

「1週間待ってください。あることをやってみます。それでダメならやめましょう」

この稲田さんのスタンスで最後の曲「子ギャルは」世に出、アルバム『Ja,Zoo』は十数年の時を経て全曲そろったわけである。

個人的にはこの最終章がいちばん胸が熱かったというかぐっときたというか、個人的にもその黎明期からリスナーとして付き合ってきたボカロの技術がこういう形で自分の青春時代おそらく一番聞いていただろうアーティストの復活を支えてくれた―そのことになにか不思議な縁を感じる。さらに関係者全員が音楽そのものを愛し、hideとその音楽―そしてその共同プロデューサーである稲田さんへの最大のリスペクトを払ってくれた結果、当の本人が生前にやり残したことが十数年の時を経て、文字通り奇跡的に完結したのだ。

特に最後のどうしても越えられない違和感の壁の部分を、一人コツコツと、かつてのかけがえのないパートナーの残した声を切り貼りして復活させた稲田さんの姿を想像すると、名作『ニューシネマパラダイス』のあの華麗なラストシーンに個人的に強くオーバーラップして、この手の本ではじめて目から変な汗でましたわ(苦笑)


本書では結果的にそれが取り返しがつかない事故へとつながった「ヒデラ」のことも書かれている。思うにhideさんご本人というのはすごく誠実でまじめな方だったんだろうなあと思う(これは生前のインタビュー読んでてもいつもそう感じた)。だからこそ、その「ヒデラ」が存在せざるを得なかったというか、現実との軋轢の部分がそういう形に姿を変えて現れていたんだろう。しかしご本人の根っこの部分の誠実さ、まじめさ、真摯さの部分は確実に彼の音楽に残り、彼が接した周りの関係者に残り、それがいまも増え続けているからこそ、こういういつまでも語り継がれるアーティストであり続けるのだと思う。

そしてことその彼の「音楽」というその一生を捧げたものの中心に、ともに立っていたのが稲田さんで、その結果膨大なものを背負わされることにもなったとも思うが、それはやはり同じく誠実であったこの稲田和彦という人でなければならなかったのだろう。「運命」というものはなんと素晴らしくも残酷であることか。

しかし逢うべき時に逢うべき人と才能に出会えたというのも、これもやはり「幸運」であった―きっとそういうことなんだろう。


個人的には「稲田さん個人」のお姿や活動ももっと見せていただければなあ、といつも思っている。それぐらいの才能持った方なんですよ、この方。(※)

なにはともあれ、そういう時代を駆け抜けた人と、それをそのそばで一緒に潜り抜けた人の貴重な「証言」、そして「青春」の一冊だったと思う。

hideというアーティストに興味がなくとも、音楽をやっている方ならチャンスがあればぜひ目を通してみてほしい一冊である。






※現在稲田氏は「世田谷ものづくり学校」で電脳音楽塾としてワークショップなども主宰されているようである。興味のある方はのぞいてみるといいかもしれない。



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